リバイバルジャパン取材日誌
ヤコブへの手紙
来年1月に公開される映画「ヤコブへの手紙」のマスコミ試写会に行ってきた。2009年、フィンランド映画。
ある田舎町にヤコブという盲目の老牧師がいる。歴史を感じさせる立派な会堂はあるが、信徒はいないようだ。ただ、他の土地で暮らす古い信徒たちから日に何通かの手紙が送られてくる。牧師の生き甲斐は、彼らの悩みに適した聖句とアドバイスを綴った返事を出し(代筆で)、それらの解決を祈ることだった。一つの牧会だ。
そんなヤコブ牧師の元を、12年間刑務所にいて出所したばかりの女性レイラが訪れる。手紙の朗読と代筆のため、牧師に雇われたのだ。彼女は殺人罪で終身刑だったのを誰かの働きかけによって恩赦された。しかし、恩赦への感謝はなく、牧師にも反抗的な態度を取り続ける。来た手紙の大部分を肥溜めの中に捨ててしまうことさえする。
自分のベッドの下に手紙の山を入れて眠るヤコブ牧師。それほど手紙を愛している。しかしある日を境に、手紙が一通も来なくなる。誰も自分を必要としていない…。その淋しさと苦悩が牧師を襲う。急激に襲う。妄想から「今日は結婚式の司式をしなければならない」と教会堂に出かけていくが、誰一人そこには来ない。無人の会堂で司式をする牧師の姿が痛々しい。
私たちも、誰かに必要とされていると感じるとき、活き活きとした人生を送ることができる。しかしそれが何かの原因で無くなったとき、希望は失われ、心は深い悲しみに落ち込んでいく。老いや失業、離婚、教会から人々が去って行くこと等々。そこから心が回復される道は?
周囲の人が「あなたが必要だよ」と言葉と態度で表し続けること、それも大切なことだ。しかし、それさえない状況に陥ることは、ままある。会社で必要とされず、家でも必要とされない状況。ときに人は、死を選ぶ。
ヤコブ牧師は会堂で心のたけを神に祈り、疲れ果てて眠ってしまう。そして雨漏りの水滴によって目が覚め、あることに気がつく。それは、何通もの「ヤコブへの手紙」は、悩める人々を自分が牧会するためのものと言うより、神がそれを使って自分を牧会して下さっていたのだということ。「神のために、人のために」という世界観から、「神に牧会され、人々に支えられている」という世界観への転換。地球は太陽の周りを回っていたのだ。
結局は、この世界観の転換(あるいは優先順位の変更)がなければ、私たちは、人からの感謝と関心を貪るようになっていく。多くのことをして感謝されないと、「何で感謝しないんだ」と怒りさえ覚えるようになる。
映画では、レイラの変化もパラレルに描かれている。悪態をつき、自殺まで図ろうとした彼女が、ヤコブ牧師に手紙を読むふりをして自らの罪を告白し、心の思いを注ぎ出していく。そして、最愛の姉が今も自分を愛してくれていることを知る。自分が小さい頃、親の暴力から身を挺して守ってくれた姉。長じてその姉が伴侶から暴力を振るわれるようになったとき、レイラは姉を守ろうとして罪を犯す。しかし同時に、姉の家庭を破壊したことも知る。ここにも、「イエスのために」と立ち上がる私たちの不完全さが暗示される。怒りによる正義の限界。剣を取るものは剣によって滅ぼされる。
レイラは、人々のために役立っていると自負していた牧師に対しては、偽善を感じ、罪の告白ができない。しかし、弱くされた牧師には、その罪を、その心を、ありのままに語り始める。その変化を演じるカーリナ・ハザードの演技が素晴らしい。見終わっても、「変えられたレイラ」をもっと見ていたい気持ちになる。
降りしきる雨、雨漏り、雨あがり。それらがショパンやベートーベンのピアノ曲と共に印象深く用いられている。『雨降りの心理学』を書かれた藤掛明氏なら、どのような映画評論をされるだろう。
今の日本では、誰も自分を必要としていないという絶望感から、多くの人がうつ病になる。そして自らの命を絶っていく。彼らに対して、「あなたは私にとって大切な人だ」「あなたは高価で尊い」というメッセージを送ることの大切さがキリスト教会でも多く語られる。しかしこの映画は、それ以上のメッセージを内包している。この「物語」の中に入っていくことで癒しを受ける人も多いだろう。二度観てみたい映画である。
なお、フィンランドでは福音ルーテルが国教とされているが、現地のルーテル教会ではキリスト像やマリア像も飾られているという。映画を観て、ヤコブは神父? 牧師?と迷った。
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